障害・疾病を理解する
大田病院医師 細田 悟


 前回は自閉症について詳しく説明しました。近くのビデオ屋さんに「レインマン」のビデオがなかったと編集部に苦情が寄せられたそうです。十数年前の映画なので古いのですが、図書館のビデオライブラリーにはきっとありますので、当たってみて下さい。

脳性麻痺

 さて、今回は脳性麻痺という障害から話を始めたいと思います。脳性麻痺の人たちは、その能力が正しく理解されなかったために、長く鉄格子のあるような施設に隔離されて生活してきた歴史があります。
 脳性麻痺の原因は、出生児の分娩異常や出産後、早期の感染症により、脳の神経細胞に直接障害がおこり、後遺症になると考えられています。進行はしませんが、障害は続きます。人間の体の動きは伸ばす方と曲げる方の筋肉の調和がとれてスムーズに動くように出来ています。しかし脳性麻痺の場合、一方の筋系が極端に亢進しているため(痙性(ケイセイ)と言います)バランスの悪いつっぱったような変な動きになってしまいます。同じ理由で言葉もはっきり発語できないので、知能も低いと誤解され、隔離された施設で長い間生活していたのでした。

誤解された脳性麻痺

 今から100年ほど前に本当に知的能力が低いかどうか詳しく調べた学者がいました。驚くべき事に脳性麻痺の9割以上の人は正常かそれ以上の能力を持っていることがわかったのです。体のへんな動きも暴力を与えようとしているのではなく、やむおえない動きだということが徐々に理解されるようになりました。それでやっと隔離された施設から、普通の社会へと戻ることができたのです。
 IT革命のおかげで脳性麻痺の人たちの中にはコンピューター関係の仕事で成功する人もでてきました。しかし、まだまだ社会のバリアは高いようです。日本で生活していて彼らに会えるとしたら、デパートや百貨店等大規模店舗に限られます。なぜなら、彼らの多くは電動車いすで移動するので、交通手段も限られ、車いすで移動できる空間、車いすで利用できるトイレがないと外出できないからです。

脊髄損傷

 脊髄損傷の人も車いすで生活しています。もちろん重度の人は、自分では全く手も足も動かせない人もいます。脊髄損症には、生まれながらに脊髄の病気がある先天性の場合と、健常に生まれたあと、交通事故や転落事故で受傷した後天性の場合があります。特に後天性の場合には、心に深い傷を受けて長い間障害を受容できずにいることがあります。中には薬物に依存してしまう人もいます。
 脊髄損傷では直腸膀胱障害という、排泄の障害を持つことが多いので、そのために外出しなかったり社会参加しにくい状況があります。脊髄損傷で車いす生活が自立している人は仕事を持っている場合が多いのですが、現在のような不景気になると、例えば印刷工場など、真っ先に影響がでます。今まで受注できていた東京都の印刷物がコスト削減のため、他の業者に変わってしまい、仕事がなくて経営的に大変困っていると聞いています。少なくても公的なところは一定の配慮が必要ではないでしょうか。

心のバリア

 ハンディキャップ持つ人の生活のなかで、私が体験したエピソードがあります。十数年前家族でハワイに旅行していたときのことです。ホノルルからだいぶ離れたところに行くので、バスで移動していました。日本人は私たち家族が3人だけで、あとは十数人現地の人が乗車していました。あるバス停に車いすの女性が一人でバスを待っていました。実は今でも日本で、車いすの人が一人で公共交通機関、例えばバス停で待っているという光景はほとんどみることはありません。
 現地の人たちは、バスがいつもより長くとまっているので一瞬何だろうと視線を向けましたが車いすの人だなとわかると、それっきり当然のように、特に手伝うこともないが、文句を言うこともなく静に待っていました。ハワイのバスには100%車いす用のリフトが付いています。車いすの人がバス停で待っていると、運転手がリフトに固定しバスに乗せてくれます。その間5〜6分くらい待たされるでしょうか。しかし現地の人たちは全く不満な表情をみせることなく静に待っています。とても自然です。
 日本ならどうでしょう。1分電車が遅れただけでも文句を言う人は必ずいます。障害者を乗せたバス(車)が乗降のために路上で止まっていると、うしろについた車がクラクションをならすという光景も見受けられます。アメリカではスクールバスが停車すると対向車線の車も停車して待つのが当然のマナーになっているそうです。
 ハワイのバスに乗っていて、なにか特別な反応をするに違いないと思っていた私の心が、とても恥ずかしく感じられました。心のバリアとは、このことなんだと自覚しました。日本の社会がハワイの人たちのように自然にふるまえるようになるには何年かかるでしょうか?

ダウン症

 次にダウン症のことについてお話しします。
 ダウン症は、高齢初産に多いと多いとされる、染色体の先天性異常(13番遺伝子が3つに重複する)によりおこる障害です。障害の程度はさまざまです。重い心疾患を合併することが多いので、流産することも多いし、生まれてすぐ手術しないと生きられない重度な場合もあります。ほとんどがIQ60以下の知的障害を持ちます。感染症にも弱いので、戦前まではほとんどのダウン症の人たちは20歳になるまでに結核などの感染症にかかって亡くなっていたようです。最近の医学の進歩によりダウン症の人たちも50代、60代まで長生き出来るようになりました。
 しかし医学の進歩は両刃(もろは)の刃で、残念なこともあります。検査費が高い(20万〜30万)ので幸いなことに日本では一般的ではないのですが、ダウン症は妊娠初期の羊水検査で出生前に診断することが可能です。つまり中絶できる時期に胎児がダウン症とわかってしまいます。アメリカでは羊水検査を全額公費でまかなう州もあります。羊水検査でダウン症と診断されて実際に出産したのはわずかに5%でした。このような方法で障害者を社会から減らしている現実も直視しなければいけません。ヒトラーのナチズムとどこが違うのでしょうか。

幸せとはなにか

 みなさんに一番考えてもらいたいのは、そもそも障害者はこの世に生まれて本当に不幸なのでしょうか?と言うことです。確かに大変です。不便です。苦労が多いです。しかしイコール不幸なのでしょうか?ダウン症を持った親を何人か知っています。どの人も父親は今ひとつの場合がありますが、母親はすばらしい人が多いのです。
 あるダウン症児の父親の例を紹介しましょう。日本の社会では障害者は高校卒業、18歳までは、憲法や障害者(児)基本法があるため、行き場所、生活する場所が公的に提供されます。しかし卒業後は作業所などいくつかの授産施設はありますが絶対的数が少ないので、多くは亡くなるまで家族介護に頼るのが実態です。この父親はこのことをよく理解していたのか息子が高校卒業をする時点である決断をします。それまで勤めていた銀行をあっさりやめてしまいます。その退職金を元手に商店街でコロッケ屋さんをはじめます。なぜコロッケ屋さんかというと息子と一緒にできそうな仕事だからです。コロッケ屋さんを経営しながら父親はある計画を立てます。ダウン症の息子に商売で使用する小麦粉を一人で買ってきてもらうのです。知的障害があるので簡単にはいきません。何度も同じスーパーに一緒に行って次は君が一人でこの小麦粉を買ってくるんだよと教えます。スーパーの店員にもあらかじめ話しておきます。迷惑がかかること、決して手伝わずに失敗してもそのまま帰して欲しいなど。案の定何度も失敗します。しかし商店街の人も温かく見守ってくれます。そして数ヶ月たったある日、はじめて言われたとおりの小麦粉をおつりもまちがえずに買ってくることができました。父親は心から喜んで息子を抱きしめます。人間の幸せとはそういうものではないでしょうか。
 健常な人は障害があるから不幸なのではないのかという先入観を捨てなければいけません。もちろん不便なことは社会の責任で便利に変えていかなければなりません。視力に障害がある人には、もしかしたら健常な人には感じられない感覚があるかも知れません。ダウン症の人は知的障害があるが故に、狡いことができないので、心がとても清らかにみえます。ダウン症の子どもの笑顔は天使のほほえみと言われています。これで私の「障害を理解する」シリーズはいったん終わります。皆さんのこれからの人生に少しでもお役に立てれば幸いです。

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