痴呆症を正しく理解するために<2>
写真:大森中診療所所長 澤浦美奈子
大森中診療所所長 澤浦美奈子
「ぼけ」の意味について(痴呆とせん妄の違い)

 日常的に私たちはよく「ぼけ」という言葉を使いますが、これは痴呆を幅広い意味で使われています。それらの中の平均以上が痴呆ではなく、妄想やうつ状態といった精神症状や体の不調をとめどなく訴える心気症状、同じ本を何回も開いて確認する強迫症状、急性の脳症状であるせん妄がふくまれています。これらと痴呆との違いをおさえておくことが大事です。
 痴呆は脳の病気であり、妄想やうつ状態は心や感情の病気です。そして心気症状や強迫症状は不安や悩みが積み重なった性格の反応です。また、せん妄は脳の外傷や脳梗塞の急性期の脳の症状です。それに対して痴呆は脳の損傷が固まった時期の脳の機能が欠落した症状をいいます。


痴呆は自覚できるのか
 アルツハイマー型痴呆では認識や判断の能力が障害されており、自分の病気について正しくは認識できませんが、自分がかつての自分と違うと感じて当惑したり、他人にはそれを隠したり、強がったり、取り繕ったりします。恥ずかしがったり抑うつ的になる場合もあります。痴呆老人が相対して人の態度に敏感なのはこのことを反映していると考えられます。
 自分に対する態度・話し方・言葉づかいから相手が自分をどのように見ているのか、自分が言ったことがおかしいのかどうかなどを察知しようとします。相手が小馬鹿にしたような態度や子どもに話すような言葉づかいをすると、これまでとは違う関係になったことを感じ取ります。
 痴呆老人は相手が誰かを忘れてしまっても、その人が安心できる人か怖い人かいち早く見分けられます。安心できる関係とは穏やかでゆとりのある態度、おおらかで間違えてもいちいちとがめず一個の人間として認めているという対応を一貫して保つ人との間柄です。痴呆老人はこのような人と一緒に居住することで、病状は安定して持てる力を最大限に発揮できまるといわれています。

痴呆老人にとって大切なのは「今、この時」今が居心地よければ安心
 痴呆老人には時間の連続性がなくなっています。パターン化された行動を繰り返しているだけで、生活の流れの中で何をすべきなのかをということを考えることはできません。個々の行為はできても、その場や状況に見合った適切な行為ができなくなっています。つまり前後の流れや関連性に関係なく「今」に生きているのです。そのことについて具体的な例をあげて説明します。

人格の形骸化─そつなくあいさつする
 痴呆老人は道であった人や法事などの場で親戚の人たちとそつなくあいさつしたり、会話をすることがよくあります。その場合相手が誰であるかを忘れてしまい、自分の置かれた状況も曖昧ですが、もっとも無難な対応はそれらしく装うことです。「今日はいい天気ですね」「おかげさまでいたって元気です」など長年の生活で身につけたあいさつやその場しのぎの会話の術はなかなか失われていません。それが精いっぱいの対応なのです。しかし、それを自分の息子や身近な人にもするので、奇異にうつります。(この行為は過去との関連性を失い、今の状況と自分を結びつけられないためと考えると、今を生きようとしている姿であるといえます。)
 相手が無視したり馬鹿にした態度をとると、とたんに途方にくれ不機嫌になります。つまり敬語やていねいな態度は痴呆老人にとって相手との関係をうまく保とうと努めている姿なのです。名前(姓)で呼びかけ年長者に対する節度ある態度が大切だといわれるのは目上の人を敬うという道徳的規範だけではなく、このような理由があるからです。

なぜ古くても住み慣れた家が安心できるのか
 高齢者にとっては引越しや改築、配偶者の死や孫の結婚など、自分にとって大切なものを失ったという喪失体験は心理的に大きな問題です。それは年をとると新たな生活や人間関係をつくることが困難になるからです。老人にとってはこれまでに築き上げてきた生活や人間関係が現在の自分の証でもあり、歴史が刻み込まれたかけがえのない宝物なのです。
 古い家は大切な思い出が詰まっています。老人にとっては新しい家の便利さや住み心地の良さよりも、古い家を失うほうが大きな痛手なのです。改築や引越しで新しい環境に適応できず、自分の居場所やトイレがわからずウロウロして失禁したり放尿してしまうこともあります。しかし、生活環境や人間関係の変化で神経細胞が死ぬことはありません。このような問題行動は破局反応かせん妄なのです。引越しや改築が必要となった時に家族があらかじめ知っていればうろたえずに対応できます。

日々の生活を豊かに
 法事や旅行などのいつもと違う出来事やイベントは痴呆老人に大きな影響を及ぼします。法事が終わった後、せん妄が生じたりうつ病になる人もいます。旅行もいつもと違う環境に入り、自分の部屋やトイレがわからずウロウロしたりします。痴呆老人にとっては一日一日の生活に変化のないことが安心であり、環境が変わってもそこが安心できる場所で、そこにいる人たちが自分の味方であればしだいにそこが自分の生活の場所になっていきます。変化による混乱は一時的なものであることを知っていれば引越しや家の改築を控えるような過剰な心配は不要です。
 引越しや改築や法事は家族にとっても本人のためにも必要です。しかし、旅行は本人の日々の生活に意味があるとはいえず、できる限り避けたほうがよいでしょう。大事なことは日常生活を豊かにしていろどりをそえるとりくみです。いっしょに買い物に行き、ついでに花屋に立ち寄って、孫の保育園をのぞくといったことです。週に1日〜2日のデイサービスも生活に組み込んでみます。これらは年に1回〜2回の旅行よりはるかに無理のないとりくみです。

加齢による性格の変化

 高齢者の場合、他の年代より性格による問題が顕在化することが多いことに気づきます。その理由は年をとると一人では生きていけなくなり、そのための人とのかかわりあいが必要になります。ほとんどの老人はこれまでの生き方や性格を変えることなく生活しています。その結果かかわる側が問題を一方的に引き受けることになり性格による問題が表面化します。
 次回は性格の変化(退行・意欲がない・涙もろくなるなど)をどう理解し対応するのか具体的にお話したいと思います。

参考文献:鏡のなかの老人〜痴呆の世界を生きる〜
竹中星郎著。((株)ワールドプランニング) 1,550円+税
書店でお求めいただくか、生協本部までご連絡ください

>>刊行物目次に戻る





ホームご案内すずらん集いの場グループホームゆたか調剤薬局お知らせ │ 刊行物 │ リンクご入会お問い合せ

Copyright (c) 2001 Jonanhoken., All rights reserved.